尾形光琳(1658–1716年)の生家は京都の高級呉服商で、着物の図案の作成や販売を行い、得意先には皇族もいた。光琳は30歳で父を亡くし、受け継いだ遺産をすべて遊びに費やしたすえ、生活のために絵を描き始める。画家としての出発が遅かったため、長い修行経験はなく、独自の画風を築いた。着物や漆器の図案や美意識からヒントを得て、装飾的な模様と絵画表現を融合させたのだ。およそ百年後、酒井抱一が光琳の大胆な作品に出会って、その画風を受け継いだことで、光琳の「琳」の字を冠した絵画の流派、琳派が確立した。