仏教や神道の教えは、人間だけでなく、あらゆる自然物が霊魂を持つという思想に根ざしている。江戸時代の画家たちも、そうした世界観のなかで、自らを自然の一部であると考えていた。そして、たわむれる子犬、カワイイ魚、鋭い眼差しの鷲など、さまざまな生き物を絵筆にとらえ、その心の動きまで見事に描き出した。こうした日本の自然観は、西洋絵画の背景にある伝統とは根本的に異なる。
江戸時代には、熱心に写生を行った画家たちもいた。彼らは、自然の生き物を、独自の意思を持つ存在として描き出すために、対象を見つめ、その命の輝きを深く感じ取ろうとした。緻密な観察と丹念な筆致による、驚くほど生き生きとした自然描写は、今もなお、見事な芸術作品として私たちを魅了するとともに、当時の自然を正確かつ緻密に写し取った史料としても貴重だ。
西洋の油彩画は、額装され、壁に掛けて恒久的に飾られることを念頭に置いて制作されてきたが、江戸時代の絵画の多くは、大きな屏風、あるいは掛軸に仕立てられ、折りたたんだり巻いたりして収納される作品として描かれた。画家たちは、西洋絵画のように人間を中心とした世界を描こうとしたわけではなく、多くの場合、四季の自然を愛でたり、行事を祝ったりすることをテーマとした。目指したのは、人間の目で見た現実世界の再現ではなかった。そのため屏風絵は、一点透視図法ではなく、複数の視点を組み合わせて描かれ、視点ごとに異なる景色を見せる。絵の中には光源や影が存在せず、特定の時間や場所を表していない。また、意図的に余白を残したことで、見る人は自由に絵の世界に入り、時間を忘れて楽しむことができる。
西洋の科学研究では、20世紀後半に至るまで、人間以外の生き物に知性や感情、個性を認めず、それを立証する可能性のある研究成果を退けてきた。しかし1980年代以降、これに異を唱える科学者が現われ、21世紀には、そうした研究成果を詳しく紹介する複数の書籍がベストセラーとなった。動物には知性があること、そして、私たち人間はそれを解き明かすことに喜びを見いだすことが、欧米において広く知られるようになったのである。その主要な例としては、『The Hidden Life of Trees: What They Feel, How They Communicate』(2016年)〔訳書『樹木たちの知られざる生活 ―森林管理官が聴いた森の声―』(早川書房)〕、『Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?』(2016年)〔訳書『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』(紀伊國屋書店)〕がある。本サイトの《まずはこの作品から》に取り上げている各作品の《コラム》には、こうした本からの引用も掲載しており、江戸絵画における自然描写を、近年の科学的発見の視座を通して味わうヒントになるだろう。
江戸幕府が倒れ、明治時代が始まった1868年以降、江戸絵画の独創性と優美さに魅了された西洋のコレクターたちのもとに無数の作品が売却され、その多くは現在、海外の美術館の所蔵品となっている。実は、本サイト《江戸絵画の世界》が実現に至った経緯には、そうした江戸絵画を所蔵する美術館の大半が、パブリックドメイン(公有)の作品画像を館のサイトからダウンロードできる「オープンアクセス」の方針を取っているという背景がある。日本国外に所蔵されている江戸時代の作品の大半はすでに著作権が消滅しており、「Public Domain/パブリックドメイン」あるいは「CC0/クリエイティブ・コモンズ・ゼロ」の表記がある作品画像は、誰でも自由に使用したり、発信したり、手を加えたりできる。本サイトの、各《ハイライト作品》ページ内の《動画》、《やってみよう》、および《コラム》では、そうしたパブリックドメインの絵画に、時代を超えて新たな命を吹き込んでいるので、ぜひ体験してほしい。