鳥取藩士の家に生まれた黒田稲皐(1787–1846年)は、幼い頃から絵が好きで、藩の御用絵師・土方稲嶺(ひじかたとうれい)のもとで、「写生」の技法を学んだ。ほの暗い水中を泳ぐ鯉の生き生きとした描写で名高く、自宅の池で鯉を飼い、観察して腕を磨いたといわれる。馬上の弓矢や刀や槍を扱う武芸も得意で、「本職は武士であり、絵はその合間に行う楽しみにすぎない」という意味を込めた、「弓馬余興」の印をしばしば作品に用いた。